音楽を呼びさますもの

恋文を書くために埋め尽くされた練習ノート

谷川俊太郎 『はだか』 より

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【むかしむかし】                          


わたしはうまれたりしんだりした
すっぱだかでめをきょろきょろさせていた

いまのたいようとおなじたいようが
あおぞらのまんなかでぎらついていて

いまのかぜとおなじかぜが
くさのうえをさあっとふいてきた

がっこうはなかったけれどわたしはいた
おもちゃはなかったけれどあそんだ

ほんはなかったけれどがんがえた
はんばーぐはなかったけれどうんちをした

さびしくなぜかわからずにないた
おかしいときはなにもわからずにわらった

おなかのなかにあるおへそがふしぎで
いつもゆびでさわりながらねむった

そしてゆめのなかではへびのあめがふり
わたしはうまれたりしんだりした

むかしむかしどこかにわたしがいた
いまここにわたしはいる




【おとうさん】


だれのかおもみずにおとうさんは
まっすぐまえをみてごはんをたべている

ごはんのゆげでめがねがくもっているので
おとうとがそういったら
うんとこたえてめがねをしゃつのすそでふいた

おとうさんがなにをかんがえているのか
わたしにはわからないけど
わたしのことではないとおもう

おとうとのことでもおかあさんのことでもない
なにをかんがえているのときけば
べつにというにきまってる

まえにおとうさんのこどものころのしゃしんをみた

ひろいのはらのまんなかにたって
まぶしそうにそらをみあげていた

いまでもときどきにたようなかおをする

おとうさんのはしが里芋をつまんだ

くちをあけたらおくのきんばがみえたおとうさん
おとうさんずっといきていて





【おじいちゃん】



おじいちゃんはとてもゆっくりうごく
はこをたなにおきおえたあとも
りょうてがはこのうえにのこっている

しばらくしてそのてがおりてきて
からだのわきにたれる

そのままじっとたっているおじいちゃんは
きゅうになにかをさけびだしそうにみえる

にわのかしのきがまどから
おじいちゃんをのぞきこんでいる

かしのきのいっていることが
おじいちゃんにはきこえているのに
きこえないふりをしているみたい

きのうおふろばでおじいちゃんをみた
ちじこまったおちんちんがみえた

おじいちゃんおじいちゃんおしえて
むかしのことじゃなくていまのきもち

いまいちばんなにがほしいの

いまいちばんだれがすきなの


           ~『My way of life』2005.4.14より~