音楽を呼びさますもの

恋文を書くために埋め尽くされた練習ノート

飼育係りの日記

 
 
 
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挿絵 グスタフ画伯
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
彼が死んだ。 
 
白くて透明に近ぃ肌の色、
 
まだ若い男の子の象。
 
 


 前日まで普段とかわりなく元気で食欲も旺盛だった彼。
 
正直彼が死んだと聞いたとき、
 
こわくて顔をあげれなかった。

彼の死体をみるのが嫌で、部屋にとじこもった。
 
と同時にわたしの筋肉や神経が
 
すこしふるえているのがわかった。
 
 

管理帳に死んだ時間を書いた。
 
死因は左前足関節炎による心不全
 
 
おそるおそるきいた。

彼はいまどこに安置されているのか、
 
まだ大きなすがたのままか、

もうちいさくなってしまったのか、
 
もう体はカチコチなのか

わからないことばかりだったので、きいた。。

彼の死体はどうするのか、
 
焼くのか、まさか丸焼きにはできないはず
 
だとしたら、大きな穴を掘って埋めるのか。。
 
 


ふとあたまをよぎったのは、
 
わたしのいえで飼っていた
 
小鳥のp子が死んだ元日のあさのこと。

手のひらのうえによこたわるp子が、
 
まだやわらかくて冷たくなかったこと。
 
まだ生き返るじゃないかって正直おもったことを。
 
 

 

わたしは、勇気をふりしぼって
 
その彼の眠っている扉をあける決心をした。
 
 
 
 
 
 
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/つづき
 
 
 
まばたきする時間なんて一瞬なはずなのに
 
いまはすごく長く感じる 
 
 
 
 
わたしは、彼が眠っていると聞いたドアの前で
 
立ち止まると、自分の勇気をマックスにして、

ドアのノブを力いっぱい握ってまわし、
 
思いっきりドアを押しあけた。
 
 
 
 
部屋に響いたのは、ドアの開く音だけ
 
横たわっているはずの彼の姿はなく
 
伽藍とした静まり返った部屋があるだけだった。
 
 
 
 
わたしは大急ぎで事務所に戻り
 
いきさつを話すと、厩務員Aは仰天した顔して
 
部屋に走っていった
 
「そんなばかな、、ここで彼に
 
 白い大敷布をかぶせておいたのに。。。」
 
 
彼の死に立ち会った獣医師Bも驚いた顔で
 
やってきて、園内を探し始めた。
 
 
そのあと、園長を取り囲んで緊急会議が開かれた。
 
 
繰り返された議論、
 
 
「いつ、どこで、だれが、どうやって。。。」
 
 
 
 
 
 
園長はそれを警察に届けることもせず、
 
動物園を休みにすることもせず、
 
たぶんそれは死骸が無くなったという理由からであり、
 
 
普段わたしの結婚について、
 
 
一度も背中を押したことのない園長が、
 
わたしに言った 「彼を探せ!」 と
 
 
 
 
わたしは着替えた。
 
ベージュ色のショートパンツに黒ぶちのセル眼鏡
 
珈琲色のジャンパー、ポッケにはリトマス試験紙
 
ショルダーバックにはGPS付きの携帯と
 
アルカリ飲料水とバナナ。。
 
 
 
 
 
 
 
彼はみんなの人気者だった
 
彼あてには、当園を訪れた
 
エンゼル幼稚園や、たんぽぽ保育園の
 
ともだちから、多くの手紙が寄せられていた
 
それも子供が描いたかわいいイラストつきの
 
手紙が多く、それらは園内の壁に飾ってあった。
 
でも彼が死んで、かれの亡骸が消えたということは
 
まだ誰も知らなかった。
 
 
 
 
 
わたしは、ナイル河を下るワニになった気分で、
 
わたしの命に代えてあなたをまもる
 
というつよい決意で、探索をはじめた。
 
手にはひとりの園児が描いた彼の似顔絵。
 
これが写真よりもっとも端的に
 
彼の特徴を表現していて、
 
わたしはこの絵をとっても気に入っていた。
 
 
 
 
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                                                          挿絵  こぶた博士
 
 
その絵にはエンゼル幼稚園、ゆり組、るん子
 
そう書いてあったので、わたしはこの子が
 
気になってしかたなかったので、まっさきに
 
その幼稚園をたずねた。ゆり組の先生に
 
聞くと先生は園庭のほうを指さし、あそこで
 
ひとりで遊んでいるのがそうよと教えてくれた。
 
 
 
陽だまりの午後、園庭には
 
さくらの花びらがぴらぴら舞っていた。
 
女の子はちいさな象の遊具にまたがっていた。
 
目をぱちくりさせて、ちかよっていったわたしを
 
ふしぎそうな顔でながめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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