音楽を呼びさますもの

恋文を書くために埋め尽くされた練習ノート

先生

他愛もない日常からうまれる愛に美徳があるとすれば、永遠や未来にはデリカシーなど存在しない。
杉谷先生の親父は漁師だった。
「かにまる」という漁船で漁に出てイカやタコなどを水揚げし生計を立てていた。
杉谷先生は
「海の日に海の家の浜茶屋でかにまるでとれた焼きたてのイカを食べに行きませんか?」
と詩子先生をさそった。

「先生、わたし泳げないからむりむり絶対むり」

と問答無用咄嗟に出鼻をくじいたあたりがいかにも元女流剣士らしかった。
別に海水浴にさそった訳じゃないのだが、と杉谷先生は内心おもったが同時に詩子先生の水着姿を想像し赤面した自分を恥じた。
詩子先生には、女らしい女性なのだが、男っぽい一面を有しており、「かにまる」という船に乗りたかっなと断ったことをあとで後悔した。








夏休みの宿題をほぼ夏休みの初日に終えてしまったみすゞは、青春18キップを買ってひとりで旅に出た。ひとつだけ残しておいた現代文で詩を書きなさいという宿題は旅先で書くことにした。行き先は決めてなかったけど、すこし海が見たいとおもった。みすゞの父は「詐欺商会」という架空会社の経営者だったが、
負債が雪だるまのように膨らみ我が家の家計が只事ではないことをみすゞは薄々感付いていた。そんな険悪なムードの家から脱出したくて、みすゞは東ゆきの汽車に乗った。



居場所のないわたし

どこにいってもそこはわたしの居場所じゃない

鏡のなかに閉じこめられたわたしがこっちをみてる

イバラの鞭で叩きのめされてるわたし

真っ白なシーツのうえのまだ純白なわたし

バラバラになったわたしが肩をならべて息してる

みすゞは電車に揺れながらメモノートに詩を書きうつした。
車窓から遠くに海が見えてきた、バニラビーンズ色の雲が水平線の向こうから昇ってきた。
わたしってやっぱりわたしと先生のことしか考えられないんだ。