音楽を呼びさますもの

恋文を書くために埋め尽くされた練習ノート

先生

「許されるものと許されないものを細分化して校則規約に明記するべきだとおもいませんか」
風紀委員の顧問をしている杉谷先生は詩子先生に言った。
「悪事を起こした生徒に君が悪いと決めつけるのってどうなのかしら。悪魔が生徒を操った、わたしはそう考える」
詩子先生は話の腰を折るのが得意だった。

結局詩子先生は、かにまるの誘惑に負けて浜辺の街に向かっていた。有名な温泉地を通り抜け暫く東に行くと海が見えた。浜辺は海水浴客で賑わっていたがふたりは水泳は無しという約束だったので水着も浮輪もサンオイルも持ってきてはいなかった。
「わたし生徒に対して教師は簡単に白黒をつけることってできないとおもうの」詩子先生が言った。

「ああ、証拠もなくさばいた先生が悪かったってあべこべのときもありますからね」杉谷先生がどもりながら答えた。

「ねえ先生、広辞苑まだア行を暗記中でしょ、あべこべってあれなんであべこべっていうんですか」
杉谷先生は黙ってしまった。

「うちのクラスの淳平はよく授業中居眠りしてしてるんだけど彼は悪くないからわたし見て見ぬふりしてるの。」


詩子先生は焼きイカの匂いを嗅いだだけでおなかと胸がいっぱいになってしまい、焼きイカは食べずじまいだった。




みすゞは家に帰りたくない一心でついに終着駅まで来てしまった。持ち金が少なく宿に泊まることはできなかった。駅を降りたらどこからか海の匂いがして、みすゞはその方に向かって松林の中をただひたすらに歩いた。夕方になると日差しがゆるみ浜風が涼しく感じられ、歩き疲れたみすゞは木陰のベンチの座った。みすゞはふと50年後の自分の未来予想をした。先生はもう生きてないだろうし、その時わたしはまだ先生のことが好きなのかなと考えた。みすゞは次第に孤独感が高まり先生の大きな手の平を想像した。このままわたしがいなくなったらどうなるんだろう、そのときわたしのすきなひとは、わたしのなまえをよんでくれるかな
みすゞはノートを広げて詩をつづった



もしもみちを歩いていて

どなたか、わたしをひろったかたは

わたしを見つけてひろってくださった方がいらっしゃいましたら

某学校の

購買部のよこの

忘れもの置き場に

わたしを届けてください

ひろったものより

なくしたもの

おとしていったもののほうが

おおかったわたしだけど

またいちから がんばれるきがします






夜には水中花火大会がある、と茶屋の主人に聞いた杉谷先生は詩子先生をのせて、かにまるの船上から花火を見ることにした。
杉谷先生は桟橋のビットから手際よくロープをするする外すと、かにまる号は岸を離れていった。詩子先生は船舵を巧みに操作する杉谷先生の太い腕をみて、たくましさを感じていた。
浜辺は人混みで混雑していたがエンジンを止めイカリを降ろしたあとの船上は静かで花火観賞の特等席であった。
。音とともに水面に半円を描いて黄赤緑の花が開いた。音が大きくて会話は続かなかった。詩子先生は唄を歌った。杉谷先生はその歌が何の唄かわからなかったが、赤トンボのような童謡に聞こえた。
「詩子先生、名前とあべこべで歌へタッピー笑」
「わたし音痴って言われたの先生がはじめてよ。おかあさんといっしょのうたのおねえさんじゃないし笑」
夜の波はべた凪でふたりを心地よく揺りかごのようにゆらしていた
「わたし空には、これだけの星がひそんでるって、いままで知らなかった。」
流れ星が西から東に尾を引いて流れた。
詩子先生は水面に浮かんでいるプランクトンの群れが黄緑色の蛍光色に光って漂っているのを見ていた。
詩子先生はふいに淳平が、今淳平が水面下で溺れかけていて、先生逃げる方法教えて、先生助けてと訴えているような気がした。

海の日の夜は長かった。